9条連ニュース/135号 巻頭言


天皇は神か人か

若林 英二
 

  昭和5年、極貧時代に小学1年。ハダシで遊んだ。学校では勅語(ちょくご)に頭(こうべ)を垂れ、親に孝(こう)、君(きみ)に忠(ちゅう)を訓(おし)え込 まれた。
 昭和12年、中学2年の夏、日中戦争が起こった。中学の国史は天孫降臨(てんそんこうりん)の神話に始まって、南北朝の忠臣物語。朝礼では大伴家持(おおともやかもち)の万葉歌「海征(ゆ)かば水漬(づ)く屍(かばね)、山征かば草むす屍、大君(おおきみ)の辺(へ)にこ そ死なめ顧みはせじ」を歌わせられた。
 中学の配属将校は週23時間の軍事教練のほか、校長をも支配 した。

勅諭を守らぬ軍人守る軍人
 北京で始まった戦争は燎原(りょうげん)の火のごとく徐州・上海・南京に飛び火した。私が最も重視する南京事件はその年12月に起こった。
 支那派遣軍将校は、陸軍中央の停戦命令を無視して、糧秣(りょうまつ)不足のまま、進軍して行った。軍人勅諭の目的は、軍人の政治介入を禁ずるものだったが、東条陸軍大将が首相になったことは先刻ご承知のとおりである。
 勅諭には朕(ちん)は汝等(なんじら)軍人の大元帥なるぞ。上官の命は朕の命令と心得よ、とあるを利用して、一切の言い訳を許さず、初年兵を半殺しになるほどいじめた。いじめたのは下士官や古参兵で、将校は見て見ぬふりをした。
 下士官にも同情すべき点はある。兵器も給与も劣悪な軍隊、困苦欠乏に耐える世界一の軍隊に育て上げる使命を帯びていたし、彼らの生まれや育ちが、私らと同じ貧農で、長男以外は1坪の耕地をもらえる訳でなし、軍隊で身を立てるほかなかった。

天皇は神か人か
 昭和12年暮、南京が陥落(かんらく)しても戦死者の写真は新聞に溢れた。天皇は白馬にまたがって観兵式にのぞみ、軍装で靖国神社に参拝した。
 中学3年のころだった。無学文盲(もんもう)の祖母がつぶやいた。「何で天皇は神様なんだ。同じ人間だべ」私はあわてて彼女の口をふさいだ。「そんなこと言うと、巡査にしばられるど」祖母はしばしばそんなことをいった。
 我が家でも大黒柱が二児を残して南海で散った。 ―文盲の祖母が、陸軍大学校や東大出に勝ったのは終戦後の正月のことである。天皇は、人間宣言をされた。―  
 戦車学校を終えた私は沖縄行きの要員だった。幼時から、あれほど注入された忠君愛国を忘れて、死ぬのが怖くなった。
 9条の改悪も軍隊の創設も兵役に就く心配のない人が唱えている。民族の一大事だ。
(元国分寺町長・栃木県南地区9条連代表世話人)

*天孫降臨(てんそんこうりん)  日本の皇室の祖先と言あまてらすおおみかみわれる「天照大神」                        の孫が、天から地上へ降りて来たこと。
*糧秣(りょうまつ)   軍隊で、兵と馬の食料。
*軍人勅諭(ぐんじんちょくゆ)   軍隊の天皇直属をうたい、旧軍隊の精神。

 

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