9条連ニュース/138号 リレートークNO.26


教育基本法改正問題と愛国心

菊地 昭雄

法制化しなければならない「愛国心」とは?
 
 周知のように、自民、公明両党の教育基本法改正に関する検討会は同法改正案に盛り込む「愛国心」の文言表現を、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛すると共に、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」とすることで合意した。

 それにしても、どうしてこうもまわりくどい表現回路が必要だったのか。両党検討会の面々のご苦心には頭が下がるが、翻(ひるがえ)って、なぜ、こうまでしての「愛国心」の法制化なのか?私には、今もとんと合点がいかない。
国と郷土を愛するのは当然の内なる心情
 と言うのも「我が国と郷土を愛する」ことは、けだし当然の内なる国民の心情であって、何もわざわざ現行教育基本法を改正してまで遮二無二(しゃにむに)わが国の子どもたちに注入されるべき国民的徳目では、なかったろうと思うからだ。
 実際、「我が国」といい「郷土」といい、それを愛する心や態度は「国家と郷土を愛すると共に」と、教育基本法に記述して初めて健全に培(つちか)われる、というものではさらさらあるまい。
 私も、先の第2次大戦での日本軍の大敗北にひどく打ちのめされたが、と言って我が日本国家の前途をはかなんで絶望の淵に沈んだことは、只の一度もなかった。誰が何と言おうとも私は人一倍日本国を愛してやまない一日本人だと自負している。
危険このうえない!教育統制で育まれる愛国心
 それだけに、教育基本法に「我が国と郷土を愛すると共に云々」との文言表現での日本の子どもたちへ「愛国心教育の徹底」をオブラートに包んだ、かの自民、公明両党の今般(こんばん)の姑息な“愛国心合意”に、私はそこはかとない危惧の念を禁じ得 ない。
 子どもたちのごく自然な心情の発露としての愛国心の高まりには大いに共感できるが、国家権力の教育統制によって育まれる愛国心こそ正に危険この上ないと、私は指摘する。
繰り返してはならぬ国家権力に都合良い愛国心の強要
 私の国民学校時代の国定教科書「初等科修身」に、時の文部省は「日本ヨイ国、キヨイ国。世界ニ一ツノ神ノ国。日本ヨイ国、強イ国。世界ニカガヤクエライ国。」(ヨイコドモ下)と描いた。今は昔のこととは言え、このようなかつての日本国家の厚顔無恥(こうがんむち)なる「愛国教育の実際」を決して忘却してはならない。
 いかに愛国心が重要とは言え、そ れが時の国家権力の御用愛国心の強要となってはならないのである。
大切なのは自立心、独立心を育むこと
 福沢諭吉はその名著「学問のすすめ」に「一身独立して一国独立する」として「独立の気力なき者は、国を思うこと深切ならず」と記述した。この福沢諭吉の観点は現教育基本法前文の「我らは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期すると共に、普遍的にして個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない」との明文とも一脈相通じるものがあろう。
 思うに、日本の子どもたちの心の内面に学校教育を通して豊かに培われるべきは、自身を律して毅然として立つ「自立心」と「独立心」ではないのか。
 このような子どもたち個々人の自立心と独立心を深く培う教育こそ、真に「国を愛する日本人」の育成につながるのだと、私は思っている。 この点、教育基本法改正は前者の轍を踏むものだ。
( 岩手県9条連代表)

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